思えばこの町もまた、つまづきながらのスタートではありました。乗りたくもない飛行機に乗って20時頃空港に着き、オートリクシャーの運転手と長い時間交渉をしたうえで1600円から600円まで運賃を下げてもらい、いざ出発、となったは良いが運転手はホテルの場所がわからない。
みなとみらい周辺を縄張りとしていて普段は一切そこから外には出ない運転手に、鎌倉まで行けと命じるが金払いは悪く、やっとのことで鎌倉に着いたと思ったら「すまん、江ノ島だった」と言い出す、という極めてタチの悪い乗客になってしまったことがあとからわかりました。鎌倉で二回、江ノ島で十回以上、路上の通行人に道を尋ねる運転手。タミル語なので私にはわからないけれど、親指を立ててオーケー!と言うからなんとかなったのだろうと期待するもすぐに裏切られまた立ち止まる。
まったく進展が見られないので、私も地図とヘッドライトと方位磁石を駆使して独自に調査を開始。そっちじゃなくてあっちだ、俺は何回もここに来たことがあるからわかる、俺を信じて進め!などといい加減なことをまくし立てながら指示をだし、22時過ぎになんとか目当てのホテルにたどり着いたのでした。さすがに1000円払った。
今回訪れたのはコーチンという港町。ここからさらにバスで1時間ほどのところにあるアレッピーという町で、ヤシの木の間を流れる運河をボートで行き来する、バックウォーター・クルージングに参加するためにはるばるやって来たのでした。重たい荷物はコーチンの宿に置かせてもらい、前日からアレッピー入り、一泊したのちに朝早くから並んでいい席を確保、南国の雰囲気を満喫した後にコーチンへ戻る、というプランはしかし、アレッピーに着いた途端に音を立てて崩れました。
明日は州をあげてのストライキの日だからバスもボートも動かないぜ、ところでお前は日本人か?というホテルの客引きの話し声をシカトして、地域観光振興協議会のドアを叩き、バックウォーター・クルーズに参加したいのだが……と切り出すと、明日はストライキ、というのがオフィシャル・インフォメーションだったことが判明、即効でコーチン戻りのバスに飛び乗ったのでした。アレッピーでの滞在時間約10分。いい町でしたよ。のんびりしていて。
というわけで何もやることがなくなったわたしは、ホテルの近所のカフェでフリーダ・カーロの画集を眺めながらフレンチトーストを食べ、これがこのインド旅行のハイライトなのか?と天に問うていました。ちなみにこのカフェに限らず、コーチンはアートが盛んな町で、至るところにギャラリーやらカフェやらがあります。インド・コンテンポラリーアートが日本でどのような文脈で紹介されているのか、に興味がわいたのでどなたか調べてリプライください。
とはいえ、なにはともあれコーチンは港町です。実は、鎌倉から江ノ島はボートで10分程度の距離だったことがあとから判明しました。運賃は不気味なくらい安く(10円しません。10円しないチケットのために30分以上並ぶのがいかにもインドらしい馬鹿馬鹿しさで大変素晴らしいと思います)、この町の移動の足はボートだということがよくわかります。さすがに「クルージング」とは呼べませんが、私は何回もボートに乗ることができました。
また、レストランで食べた魚のカレーはとても美味しく、レモンライスとともにおかわりをしてしまいました(カレーはおかわりするもの、という小学生以来の固定観念がインドに来て崩壊、これが人生観が変わる、というやつかとしみじみしていたものですが、やはり美味しければおかわりしたくなるのがカレーというものです)。
レストランからホテルへの帰り道、ガソリンスタンドの奥の海辺に人が集まっているのを発見し近寄ってみると、紐と針と餌だけという最も原始的なやり方でつまらなそうに釣りをしていました。そのようなスタンスでも魚はわりと頻繁に釣れるらしく、ときおり紐を持ち上げては魚をはぎとり、コンクリートの地面に何度も叩きつけて殺していました。