着物に驚いて話しかけてくるインド人にもそろそろ慣れてきて、写真をとらせて欲しいと言われるやいなやすばやく日本人らしい姿勢(右拳を前に突き出す等)をしてあげるのも上手になってきましたが、"KIMONO"という単語を知っているインド人に会ったのは今回が初めてです。
ニューデリー駅から西に伸びる、野良牛と蚊とゴミと安宿とバイクと各種店舗とバックパッカーが山のように共存しているメインバザールという通りを歩いていたら、それは着物か?と話しかけてきたインド人が居ました。実際にジャパニーズ・トラディショナル・ウェアを見たのは初めてだ、と驚いていましたが、写真を撮りたいというそぶりも見せず(デジカメ、ケータイを持っていない方でした)、チャイを奢ってやるというので、彼が店番をしている絨毯屋までのこのことついていくことに。
着物が素敵、髭が素敵、帽子が素敵、とひととおりのほめ言葉を頂戴したのちに、彼と、彼と同棲しているイングランド人と三人でチャイを飲みながら、彼の出身地であるカシミール地方のことや、ヒマラヤ山脈の話をしていくなかで、どうやら彼には多くの日本人の友達がいるということがわかってきました。彼の英語はインド人にしてはめずらしく聞き取りやすく、また日本語の単語も少しだけ理解している(いち、からじゅう、まで数えてくれました)、とても優秀な人でした。
偶然にも今日が誕生日だということで、予定がなければうちに来い、と誘ってくれました。テキトウにそこらへんで晩飯を食べて、映画を見に行くか筋トレでもするかと思っていた程度だったのでその誘いに乗り、オートリクシャーに乗って、彼の歌声や怒鳴り声を聴きながらデリー郊外まで連れて行ってもらいます。
家はきわめて質素ではあるものの、わりと広いベランダがあって、汚い夜空と汚い近所の様子が見えます。彼の彼女のイングランド人がパソコンを持ってきて、好きなEnglish artistは誰か、と聴くので、とっさにヴェルヴェット・アンダーグラウンドと答えてしまい、すぐに何を言ってるんだ私はと後悔しましたが、彼女はヴェルヴェット・アンダーグラウンドはないけどエアロスミスはある、と言ってiTunesを起動して、音楽を流してくれました。
ビールと、チキンカレーと、スナック菓子と、冷蔵庫で冷やした水道水で、野良猫も交えて屋外のベランダでディナーがはじまります。エアロスミスをガンガンにかけながら、そして無数の蚊をガンガン殺しながら、ヒマラヤは良い所だからぜひ一度来い、でも俺はマフィアじゃないからお前を無理やり連れて行くつもりはない、と彼は言ってくれました。今晩泊まって行くか?とも誘ってくれましたが(ビールの瓶がすべて空になったのが0時近かったので)、それは遠慮して、彼が手配してくれたオートリクシャーで、地元民価格(たぶん自分で交渉したら5倍は払わさせられていました)で宿まで戻りました。
インドでは、このようにめちゃくちゃ楽しい時間と、めちゃくちゃめんどくさい時間が交互に訪れるので、あーインド嫌だな早く次行きたいという思いと、あれインド結構好きかもという思いが、ひっきりなしに入れ替わります。あと3週間ほどいる予定なので、あと約300回くらいインドが嫌いになり、約300回くらいインドが好きになるだろうと思います。
長くなりましたが、最後に、彼の25回目の誕生日を改めて祝福するとともに、この度の震災で亡くなった、彼の友達である二人の日本人に追悼と、そして感謝の念をささげます。あなたたちの礼儀正しい振る舞いのおかげで、彼は私にとても良くしてくれました。でも、"KIMONO"という単語を教えたのがあなたたちだったのかもしれないと想像すると、私はちょっとどうしたらいいかわからなくなります。
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