2011年5月9日月曜日

キルキー、どこいった?

キルキーが助手席の引き出しの中からノートを取り出して私に読めと勧める。暗くてろくに字が見えないしお腹も空いたので申し訳ないがあとにして欲しいと伝えると、私はあくまであなたのためのガイドであり、読むか読まないか、それはあなたのチョイスである、と言ってニヤリと笑ってお勧めのレストランへタクシーを走らせてくれた。


かつてはムガル帝国の首都であり、現在はインドでもっとも有名な観光スポットである白い建物(このブログを更新しているのは訪れた三週間後。いまとなっては、すっかりその名を忘れてしまいました!)があるアーグラーに着いたのは夜の10時過ぎ。ホテル街が駅からちょっと離れているので、同じような境遇のバックパッカーでもつかまえて、相乗りをしてオートリキシャ代を浮かそうとウロウロしていたときに声をかけてきたのが、タクシー運転手であり観光ガイドでもあるミスター・キルキーであった。


ホテルを紹介してやる、運賃は20円だ、さあ一刻も早く乗れ!と誘われ、いくらなんでも20円は怪しすぎるだろと思いながらも、なんだかんだとゴネだしたら日本語で怒鳴りつけてやればいい、とデリーからの長旅で疲れていた私は疲労時独特のハイテンション&ポジティブシンキングを発揮してタクシーに乗りこむ。予算は600円~800円だと伝えたが、今夜はフェスティバルだからどこも満室だ、その値段では何も見つからないだろうと1000円の宿に案内される。実際には1200円が予算のリミットだったので、まあそんなもんだろうと気にせずチェックイン。


部屋に荷物を放り込み、とりあえず空腹が耐えがたかったのでレストランに行ってくれとお願いしたときに渡されたノートには、マトン・カレーを食べてラッシーで一服をしながら確認したところ、数人の日本人の手により、「最初は『怪しいな』と思ったけれども、つきあってみるとすごく親切で面倒見のいいガイドさんでした!」という内容の日本語が綴られていた。キルキーは、お前の友達もみんなこう言っている、ゆえに私は信頼できる、と胸を張るのだったが、手の込んだ詐欺だなあというのが私の第一印象であった。それに、「友達」という言葉を多用するインド人はたいていひとつかふたつ嘘をついている。


とはいえ、ホテルに戻り、小さい額の紙幣が無いからという理由で20円すら払わずにすんだこともあり、明日は何時に待ち合わせようか?と、オッサンに言われてもあまり嬉しくない台詞で誘われたときも、こいつとどうやってつきあっていくかは一晩考えてから決めればいいと、9時半だ、と暫定的に答えその日は別れた。すでに日付が変わる時間だったので歯を磨いて全裸になり、1000円したけどそんなにいい部屋ではないな、とキルキーへのマイナスポイントを加算して就寝。


現代のアーグラーはそれほど大きな街ではないが、観光スポットが各々離れて点在しており、すべて見て回るにはどのみち一日ガイドを雇うか、あるいは毎回リキシャーの運転手と面倒な交渉をしなければいけないことを考えれば、彼に任せるのも悪く無いだろうということで、9時半にホテルの前で再会すると、単刀直入にガイド料をたずね、安くは無いが高くもなかったので、キルキーで行こう、と決めた。


実はこいつがとんでもない詐欺師で……というのが今回のオチではないのでここであらかじめ結論を申し上げておくと、キルキーはまあ普通に良い人でした。特に騙したりといったこともなく、土産物にはいっさい興味が無いと言っているのに、見るだけ見るだけ、というインド人お決まりのフレーズと、買うか買わないか、それはあなたのチョイスである、という彼得意のフレーズを放って無理やりクルター(インド人がよく着ているゆるい感じの服)やらダージリンティーやらの土産物屋に連れていくところ以外は別に面倒なところもなかった。疑ってごめんよキルキー。ちなみに彼は元オートリキシャーの運転手で、7年くらいかけて金を貯め、この日本車を買ってガイドに転職したんだと言っていた。ただ、私は自動車のことはよくわからないがたぶんそれは日本車ではなかった。


観光スポットとしてはファテープル・スィークリー、アーグラー城、そして名前は忘れた白い建物(なんとかさんのお墓なんだそうだ)を一通り見て回り、白い建物ではあまりの人の多さと警備員の偉そうな態度に辟易して一番奥までは入らずに芝生で寝っころがって時間を潰した。この日はインドへ来て初めて下痢に悩まされた一日であり、かついろいろ歩き回ったのでそれなりに疲労がたまっていたし、今夜は20時発(ということはおそらく23時くらいに出発)の夜行列車で次の街へ行く予定でもあったので無理をするのはやめようということで、ソルティ・ラッシーは腹痛時にいいぞ、というキルキーの教えを忠実に守るなどして電車到着の時間を待った。


駅まで連れて行ってもらい、ガイド料を払うと、これでは少ないと言われる。チップが必要だという意味なので特に反論もせず少し上乗せして払い、握手をしてアーグラー・カント駅で別れる。全体の出費を考えると結果的にそこまでお得感もなかったけれどもこれはこれで良かったのだ、と思いながら駅の電光掲示板を探すが私の電車は見つからない。今日はいったい何時間遅れるのか、とあきれながらチケットで電車の番号を再度確認してみると、一日日付が間違っていたことがわかった。



キルキー、どこ行った? 私は間抜けなことに電車のチケットを買い間違えた。だからもう一泊アーグラーに泊まらないといけなくなった……助けてくれ!と心の中で叫ぶも、おそらくキルキーは先ほどデリーからやってきた夜行列車の乗客のなかから、一人旅でそこそこお金を持っていそうな観光客を見つけ出し、何カ国語分用意されているのかわからないノートを見せに向かっているはずでもう近くには居ない。フェスティバルは今夜も催されており、ホテルはどこも満室だとか言っていたな……としばし呆然としていると、ホテルを紹介してやる、運賃は20円だ、さあ一刻も早く乗れ!とタクシーの運転手に誘われた。次の日は、彼に紹介してもらった割高なホテル(一泊2400円)に一日引きこもってヘルマン・ヘッセ『シッダールタ』を読み続け、観光には一歩も出かけなかったので彼の名前はわからない。






写真は、別れる間際にホテルの前で撮影したキルキーとのツー・ショット。オレンジ色の服を着ている方がキルキー。左側は、「インドの気候には適さない」とことあるごとに駄目出しをされ、その格好で電車に乗るのだけは絶対に止めたほうがいいと念をおされ、仕方が無いからホテルの前でかわいい女の子二人組に観察されながら着物を脱いで洋服に着替えた私。なお、その後かわいい女の子二人組とも写真を撮影したがここには掲載しない。

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